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自由闊達な気風が形づくるチーム医療で、世界的にもカテーテル治療をリード

自由闊達な気風が形づくるチーム医療で、世界的にもカテーテル治療をリード

愛知県豊橋市・豊橋ハートセンター

 2019年に開設20周年を迎えた豊橋ハートセンターは、わが国でも屈指のハイボリュームセンターです。同センターの開設者で院長を務める鈴木孝彦先生の強力なリーダーシップにより牽引されるチーム医療が、こうした実績を支えています。その基盤には、医師とメディカルスタッフが互いに忌憚なく意見をぶつけ合うことができるという、自由闊達な気風があります。同センターのこうした気風はどのように醸成され、維持されているのか。カテーテル治療の中でも、主に経皮的冠動脈インターベンション(PCI)治療に携わっている3人のスタッフにお話を伺いました。

お話を伺った方々
羽原真人先生(循環器内科 医長)
口ノ町俊嗣さん(診療放射線技師 主任)
彦坂ゆかりさん(カテーテル室・安静室 看護師長)

日本人初のマスター・クリニカル・オペレーター賞を受賞

 愛知県南東部に位置し、静岡県と接する豊橋市。同センターは1999年5月、鈴木先生によって開設されました。鈴木先生はそれまで国立療養所豊橋東病院の副院長を務めていましたが、「病状の急変によって一刻を争う事態が起こることが多い心臓病は、他の多くの疾患とは診療のリズムが異なり、また患者さんの心理状態も異なることから、総合病院より専門病院で対応する方が理にかなっている」との考えの下に同センターを開設し、心臓病治療に従事してきました。その実績はわが国だけでなく海外でも高く評価されており、2010年には世界各国のカテーテル治療専門医が参集した心臓血管カテーテル治療学会「TCT2010」において、カテーテル治療で世界をリードしてきた功績により日本人初のマスター・クリニカル・オペレーター賞を受賞されました(他2人との同時受賞)。

3段階の難易度別に症例を分け、実力に応じた難易度のPCIを担当

 同センターのスタッフには、鈴木先生の技術・人柄に引かれて職場を選んだという人が少なくありません。循環器内科医長を務める羽原真人先生もその1人で、「鈴木先生から直接の指導を受けて、ハイレベルなカテーテル手技を1日でも早く習熟したいという一心で、2007年に当センターに勤務することを決めました」と言います。

 羽原先生の専門であるPCIの対象は、急性心筋梗塞(AMI)をはじめ急性冠症候群(ACS)といわれる緊急に施行しなければならない症例(緊急例)と、安定狭心症など施行までに比較的時間にゆとりのある症例(待機例)に分けられます。緊急例は待機例に比べ、治療手技をじっくり検討する時間がないため、概して難易度が高いと考えられがちです。しかし、左主幹部病変、石灰化病変、慢性完全閉塞(CTO)などは難易度が高くなります。同センターでは、待機例では手技の難易度から難・中・易の3段階に分け、難易度が高い症例ほどPCIの経験が豊富なベテラン医が施行することにしています。「これはPCIの安全性を高め、治療成績を向上させることが第一の目的ですが、経験が浅い若手医師でも実力に応じた難易度の症例を集中して経験できることで、手技の習得が早まるという効果もあります」と、羽原先生はそのメリットを説明します。

 このように、同センターでは症例の難易度に応じてPCIの施行医を決めているので、患者さんを外来で担当している主治医が施行医になるとは限りません。そのため、同センターではPCI施行前の患者さんや家族への説明などは、主治医ではなくベテラン医がムンテラ担当として行うことにしています。「患者さんと主治医の間だけでなく、多くの医師が患者さんと関わることで、広い視野を持って患者さんをケアするという方針も、当センターの特色です」と羽原先生は話します。

救急部門との円滑な連結でDTBTを大きく短縮

 同センターには4つのカテーテル室があり、これらがフル稼働して、可能な限り多くの検査と治療に応じることができる体制を整えています。PCIの場合、1つのカテーテル室内のスタッフ配置は、施行医とアシスト医が各1人、臨床工学技士が1人、看護師が1人の計4人が一般的です。したがって、4つのカテーテル室がフル稼働するためには、少なくとも計16人のスタッフがそろっている必要があります。羽原先生は「現状では、個々のスタッフにかかる負担は決して軽くないことも事実」と断りながらも、「4つのカテーテル室をフル稼働させ、さらに当センターのモットーの1つである24時間365日救命救急体制が維持できるよう努めています」と話します。

 緊急PCIが必要なACS患者さんが救急搬送される際には、到着までの間に救急看護師が同センターの入院歴を調べ、カテーテル室の看護師に連絡するという体制が整えられています。患者さんに入院歴がある場合は、カテーテル室看護師がカルテを検索し、治療歴やアレルギー歴(これにより造影剤へのアレルギー反応も推測できる)などを前もって調べます。また、搬送中に救命救急士が12誘導心電図検査を行い、その所見を救急担当医のモバイル端末に送ります。胸痛があり、ST上昇が認められる場合は、PCI施行を前提として患者さんをすぐにカテーテル室に搬入し、その他の必要な検査はPCI施行の準備と並行して行います。「こうした体制の構築などにより、当センターでは、PCIが首尾よく行われていることを表す指標の1つであるDoor to Balloon Time(DTBT)の大幅な短縮に成功しています」と羽原先生は話します。

カテーテル室ごとに意図的に異なる機器類を装備

 PCI施行時にカテーテル室で用いられる主な医療機器類は、アンギオ装置、血管内超音波法(IVUS)、光干渉断層法(OCT)などのイメージング装置、冠血流予備量比(FFR)など冠動脈狭窄の機能的評価装置、心電図やバイタルサインをモニターするポリグラフなど多彩です。これら機器類のセッティング、保守、管理の最終的な責任を負っているのが、診療放射線技師主任で臨床工学技士の資格も持つ口ノ町俊嗣さんです。

 4つのカテーテル室には、それぞれ異なる4台のアンギオ装置が装備されていますが、鈴木先生の方針により各部屋で全て異なるアンギオ装置が設置されています。「部屋ごとに別種の機器を装備していると、異なる機器の特徴を把握するには時間がかかり、セッティング、保守、管理の手間もかかります。しかしながら、そうした労力を惜しまず、あらゆる機器への理解を深めてより良い治療につなげることが鈴木先生の狙いなのではないでしょうか」と口ノ町さんは推測します。

 PCIの施行に際し、口ノ町さんが常に心がけているのは、「医師には気持ち良く、患者さんには害なく」という方針です。「医師には気持ち良く」を実現するためには、医師が確認したいと思う画像をできるだけ鮮明に映し出す必要があります。口ノ町さんは「PCIの手技と手順を覚え、医師と一緒に治療しているつもりで機器類の操作に当たっています」と話します。一方、「患者さんには害なく」の実践に最も重要なのは、安全性に最大限の配慮をすることです。透視では、患者さんの被曝量を最低限に抑えようとしていても、ピンポイントで大きくなってしまい、皮膚障害につながるケースもまれではありません。口ノ町さんは「そうした点にいち早く気付き、医師の指示に先行して線量を調節するといった措置ができてこそ、一人前の放射線技師と言えるのです」と話します。

患者さんはもとより付き添い者にも目を向けた看護

 同センターでは、4つのカテーテル室に隣接して「安静室」というスペースが設けられています。安静室では主に、日帰りカテーテル検査をされる患者さんの受け入れから退院までを看ているのと、待機的PCIの患者さんの受け入れを行っています。また、付き添いの方の待合室としても利用されています。

 この安静室を含めたカテーテル室の管理責任者を務めているのが、看護師長の彦坂ゆかりさんです。彦坂さんは、PCI施行患者さんへの事前問診で絶対に忘れてはならないこととして、「造影剤アレルギーの有無と抗血小板薬服用の確認」を挙げます。造影剤アレルギーの有無に関しては、救急搬送されてくる緊急例の患者さんでも前述のように同センターへの入院歴があれば、既存のカルテから推測できることもあります。しかし入院歴がない場合、事前に推測することはできません。彦坂さんは「こうした場合でも患者さん本人や家族への詳しい問診によって、できるだけアレルギー歴を突き止めるように努めています」と話します。

 PCI施行において、補液のための静脈ルート確保は看護師の重要な仕事です。特に、緊急例では術中に急変してカテコラミンなどの持続点滴などが必要になる場合がしばしばあります。同センターでは、PCIの動脈穿刺は橈骨動脈穿刺または大腿動脈穿刺を行うことが多いのですが、緊急例では医師の判断で同時にシースでの静脈ルートの確保も行っています。通常、静脈ルートは末梢静脈へ20G1本で確保します。カテコラミンなど微量でいく薬剤や瞬時に効かせたい薬剤とで、血行動態のコントロールをしていく必要があります。そのため、「あらゆる緊急時に対応できる備えが必要」と彦坂さんは説明します。

 患者さんはもちろんですが、付き添い者にも目を向けた看護が必要だと言います。特に、心臓カテーテル検査・治療は入室前に合併症のリスクを医師より話されるため、待っている家族は不安でいっぱいです。救急車で運ばれ、カテーテル室に直入する場合は、緊急の切迫した状況に不安で涙される家族もいます。そのため、医師と連携して不安の軽減を図ることが大切となります。また、患者さんが高齢の場合は、付き添いで来る配偶者も高齢なことが多く、待つ環境にも配慮する必要があります。

 カテーテル室看護師の役割としては、患者さんの苦痛に気付き、迅速に苦痛を取り除いてあげること。そのために必要なことは患者さんがなんでも話せる雰囲気づくり(笑顔や声かけ)と、安全に検査・治療を行うための情報の収集と共有、また知識と技術はもちろんですが、緊急時に対応できるカテーテル室の環境整備と思って日々、カテーテル室スタッフの教育にも力を入れています。

毎朝の反省会での意見のぶつけ合いが自由な気風を醸成

 同センターでPCI治療に関わるスタッフは、毎朝8時に医局内の会議室に集合し、前日に施行したPCI症例について反省会を行うことがルーチンになっています。この反省会には院長の鈴木先生も参加し、医師、放射線技師、臨床工学技士、看護師の各業務に対して反省点を全員で指摘し合い、忌憚のないディスカッションを行っています。

 同センターでは、鈴木先生の下で技術を習得するために全国から集ってきた医師も多く、習得後は前の所属施設に戻るか新しい施設へと転任していくケースが少なくありません。一方、メディカルスタッフはキャリアの開始時から同センターに勤務し、長く勤続する傾向があります。羽原先生は「鈴木先生のPCI治療に対するコンセプトを理解し、それに基づいてPCI治療を行った経験は、医師よりもメディカルスタッフの方が豊富な場合が多いのです。これは医師とメディカルスタッフが年齢や職種にかかわらず、遠慮なく意見を述べ合えるという当センターの誇るべき気風の基盤を形成しています」とし、「実際に、ディスカションや臨床の現場で、ベテランのメディカルスタッフから医師が教わることもしばしばです」と話します。

 PCI治療に携わるスタッフが職種の垣根をつくることなく接していることについて、口ノ町さんと彦坂さんも大いに賛同しています。口ノ町さんは「放射線技師としてのキャリアをスタートさせたのが当センターであったため、当初はこうした独自性を意識することはありませんでした。しかし、キャリアを積み、他施設の状況などが分かってくるにつれ、次第に当センターの独自な気風を意識し、誇りに思うようになってきました」と話します。また、「毎朝の反省会で忌憚のない意見を言える半面、こちらも同様に意見を返されます。そうしたやりとりによって、技術の習得や向上が後押しされてきたことを強く感じます」と振り返ります。毎朝の反省会では、放射線技師や臨床工学技士が交代で症例を整理して提示するとともに、ディスカッションの進行役も務めることになっています。「若いスタッフにとっては、これだけでも貴重な自己研鑽になりますので、反省会のさらなる充実を核として、今後も当センターの誇らしい気風を引き継いでいきたいですね」と口ノ町さんは抱負を語ります。

 毎朝の反省会が始まる8時ごろは、カテーテル室看護師にとってはその日のカテーテル治療の準備に追われる時間帯のため、以前は看護師の参加は義務付けられていませんでした。しかし、数年前から看護師も参加した方がよいとの声が上がるようになり、以来、彦坂さんはできる限り参加するようにしています。反省会で看護師に向けられた指摘があれば、他の看護師に速やかに伝達しています。彦坂さんは「正直なところ、現状ではこれが精いっぱいなのですが、これからは看護師からも積極的に提言をしたいと考えています」と前向きに語ります。

 激しい胸痛に見舞われた患者さんが救急車を呼ぶのではなく、歩いて外来を受診した場合(ウォークイン)、緊急PCIが必要かどうかの判断には時間がかかります。こうしたことがDTBTの短縮を阻む要因の1つになっているのですが、もしもこの段階で緊急PCIが必要な患者さんのトリアージを効率良く行う方法があれば、DTBTの短縮に大きく貢献すると考えられます。「この方法について、PCI治療に関わるスタッフが協力して取り組んでいくということが今後の課題です」と話す彦坂さんの目は、既に未来に向けられているのです。

 現在、診療科や職種による垣根を取り払い、チーム医療を模索することの重要性が叫ばれています。鈴木先生という「レジェンド」による強力なリーダーシップにも導かれ、垣根がなく、自由闊達な気風の形成に成功している同センター。治療実績に加えて、心臓病のチーム医療の在り方の模索という観点からも、今後の動向がますます注目されます。

豊橋ハートセンター
〒441-8530 愛知県豊橋市大山町五分取21-1
TEL:0532-37-3377(代表)
URL:https://www.heart-center.or.jp/

 

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