高度な技術を要する低侵襲冠動脈インターベンションの普及を目指す
高度な技術を要する低侵襲冠動脈インターベンションの普及を目指す
神奈川県鎌倉市・医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院
湘南鎌倉総合病院では、総長と循環器内科主任部長を兼務する齋藤滋先生を中心に1992年からカテ室のライブデモンストレーション(鎌倉ライブ)を開催するなど、より低侵襲で出血合併症の少ない橈骨動脈経由による冠動脈インターベンション(TransRadial coronary Intervention:TRI)の普及に尽力してきました。急性冠症候群(ACS)に対するTRIの有用性とチーム医療の実際について、5人の方々にお聞きしました。
お話を伺った方々 |
---|
田中 穣先生(循環器内科 部長) |
木下 尚之さん(ME室) |
島袋 朋子さん(看護部 副看護部長) |
糸澤 誠さん(放射線科) |
橋本 貴広さん(薬剤部 副主任 循環器病棟担当) |
医学研究、技能向上、地域との対話を推進
同科は、1988年11月に鎌倉市に開院とともに齋藤滋総長によって開設され、以来、湘南地区の中核病院として、患者さんを断らない医療を展開してきました。開院当初より急性心筋梗塞に対するプライマリ経皮的冠動脈形成術(PTCA)を開始し、1995年から国内でいち早くTRIを導入、国内外に橈骨動脈アクセスを普及させるための活動を開始し、急性心筋梗塞や慢性完全閉塞・石灰化病変等の複雑病変に対しても、積極的にカテーテル治療を実施してきたといいます。
田中先生は、同科の伝統を「”サイエンスとしての医学”と”スキルとしての医術”を両輪として積極的に医療を実践してきたことです。そして、”地域の医療関係者や住民の方々とのコミュニケーション”を大切にし、これら三位一体で推進していくことが必要不可欠と考えています。医療(患者さんを治療する行為)は、あくまで社会の一部であって、その制約の中で成立しています。したがって、この制約の中でいかに我々医師が能力を最大限に発揮し治療成績を向上させることができるか問われているのだと思います」と説明します。
ACS患者の治療で重要なことの1つに、発症から再灌流までの時間をいかに短縮するかがありますが、その実現には地域の包括的な取り組みが求められます。「患者さんが、自ら病気を疑って病院を受診するか、救急車を呼ばない限り、我々も治療することができません。少しでも気になる症状があれば当院を受診していただけるように、病院の敷居を下げる必要があります。そこで、地域の診療所、救急隊、住民への講演会活動などを通じて、医療にアクセスしやすい環境づくりに取り組んでいます」(田中先生)。
フローチャートで情報共有、カテ中詳細な経時記録も
同院心臓センターは循環器内科外来を6ブース、カテーテル検査室4室、病棟59床を有し、月間の入院患者数は約400名で、経皮的冠動脈形成術(PCI)、カテーテルアブレーション、経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)などカテーテル治療全般で実績があります。PCIの年間施行数は約1,000例(緊急PCIは160~180例)で、入院日数は通常4~5日と短く、ハイボリュームセンターの中でも病床回転率が比較的高いのが特徴です。
ACS患者さんは、救急総合診療科(ER)で初期治療を、緊急PCIの適応であればカテ室で再灌流療法を行います。緊急PCIの場合、日勤帯はERからカテ室に連絡が入り、臨床工学技士(ME)がマネジメントして速やかに準備します。事前準備に比較的時間がかかるMEが主導することで、再灌流までの時間を短縮できるといいます。
「MEはERとカテ室の医師と密にコミュニケーションを取り、例えば、経皮的心肺補助装置(PCPS)を使用すると事前に分かれば、その準備を手早く行い、術者がスムーズに手技に入れるようにします。バルーンやデバイスの選択は、画像で計測した至適サイズやプラークの形状などを考慮し、皆で考え決定します。医師は、学会などで入手した情報をコメディカルにもフィードバックしてくれるので知識や技能向上につながります」(ME室・木下 尚之さん)。
夜間はオンコール体制になっており、当直医、看護師、放射線技師、MEが駆け付け、到着したスタッフからモニター類、薬剤などを準備します。ERとICUは部署が異なりますが、外来、カテ室および病棟は同じ心臓センターのスタッフで切り盛りします。
「カテ室では、どの職種も原則1人体制です。医師と看護師は普段から一緒に働いているので阿吽の呼吸で物事が進みます。以前はERが申し送りしたい情報と集中治療室(CCU)で知りたい情報に齟齬があったため、ER⇒心カテ室⇒CCUへスムーズに引き継ぎができる1枚のフローチャートを作成しました。その結果、ER-カテ室間もやり取りがスムーズに行えるようになりました」と看護部副看護部長の島袋朋子さんはいいます。
フローチャートの記入項目はおおむね次の通りです。ERでは、発症時刻、搬入時刻、患者ID・背景、ER処置の内容およびバイタルサインを記入。カテ室では、入退出時のバイタルサイン、結果、ドクター指示(酸素吸入、点滴、安静度、食事、クレアチンキナーゼ採血開始時刻、抗血小板薬内服、シースサイズ・穿刺部位、機械的循環補助のカテーテル径や設定)および直後採血の有無を記入。ICU以降は、バイタルサイン、穿刺部位の止血管理、血行動態の異常や出血症状、心筋逸脱酵素などをモニタリングして記入します(写真)。
カテ室の看護師は、経時記録も作成します。何時何分にどんな薬剤を投与し、バイタルはどうだったか、穿刺部位、挿入したカテーテルやワイヤーの種類、バルーンをどのように膨らませてワイヤーチェンジ、といったように細かく記録します。「経時記録は何かあったときの備えですが、ドクターはカルテを書く際によく参照します。また、記録には教育的効果も期待できます。新人看護師にはプレッシャーとなるものの、治療経過を詳細に書くことで覚えることが可能です。最初は見様見真似で書いて、術者に添削してもらったりしたものです」(島袋さん)。
放射線科の糸澤誠さんは、放射線科の各モダリティをローテーションする教育を経て心カテチームに配属されて3年目です。「清潔野で心血管造影装置の操作を担当し、医師が円滑に診断・治療できるよう2ndとしてサポートします。手技中は、可及的速やかな治療を目的として、手技の流れを考え、バイタルやワイヤー、カテ先の位置、造影所見に異常がないか常に気を張って見ています。心カテの技師として独り立ちするには、術者の動作を予測して動けることが必要。最適な観察角度で撮影するフレミングに習熟し、急変時に対応できる知識やサポート力も重要です。緊急PCIは時間との闘いなので、治療に必要な準備やできることは職種にかかわらず行い、ERから円滑に患者さんを連れて来てもらえるように取り組んでいます。このような協力体制により、職種を超えたコミュニケーションの機会が多く、その刺激を受けることで専門分野内での改善点や向上心が生まれ、被曝低減や治療技術への理解を深める良い環境が整っています」(糸澤さん)。
残薬状況からアドヒアランス不良を把握
ICU退室後のACS患者さんは病棟に移り、服薬指導や栄養指導、理学療法士による心臓リハビリテーションを受けます。看護師は、他の専門職の狭間になる日常生活動作に目を配るといいます。入浴方法をアドバイスしたり、高齢者の場合、転倒防止対策や介護保険サービスの必要性を見極め、必要に応じて相談窓口に橋渡しします。在宅療養の不安を和らげるため、所属長が退院後に電話で様子をうかがう“電話訪問”のシステムもあります。「1日20人前後の退院があり、高齢世帯や、血腫ができていた人など気になる患者さんを対象としていますが、より多くの患者さんをフォローできるのが理想です」(島袋さん)。
各病棟には薬剤師が常駐し、入退院時の服薬指導を行います。新規の開始薬剤や副作用などについて、随時看護師と情報を共有します。「入院患者さんにはおくすり手帳や残薬を持ってきてもらうよう依頼しています。緊急PCIを受けた患者さんは、薬剤情報が少ないことがあるので必要に応じてかかりつけの調剤薬局に問い合わせ等をして正確な服薬状況を把握します。残薬の状況などからアドヒアランス不良と判断できた患者さんには、看護師とも問題を共有し、ご家族と一緒に服薬の必要性を説明したり、患者さんと話して服薬状況や薬を飲まなかった理由を聞いたりして服薬を継続できるようサポートします」(薬剤部 副主任 循環器病棟担当・橋本貴広さん)。
TRIはACS周術期の出血合併症低減に有用
一般に大腿動脈アクセスによるPCI実施後はベッド上で一晩圧迫止血や機械縫合が必要で、穿刺部からの出血だけでなく、後腹膜腔出血や深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症の合併も懸念されます。これらの合併症を回避するために、1992年Kiemeneij先生によって止血が容易なTRIが発明されました。その低侵襲性に着目し、同院では1995年からTRIを開始しました。橈骨動脈は比較的細い血管なので大腿動脈に比べて穿刺が難しく、また使用できるガイディングカテーテルのサイズも限定されるため、知識と経験を必要とするといいます。そのため、齋藤先生は、Kamakura Live Demonstration(1992年開始)においても1996年からTRIを取り入れ、国内外でのTRI技術の普及活動を行ってきました。
ACSの発症には血栓が深く関与しているため、緊急PCIにおいては強力な抗血栓療法を必要とします。2004年以降、周術期の大出血が心血管死亡の重要な予後規定因子として認識されるようになると、いくつかの研究によって橈骨動脈アクセスの優越性が報告されるようになりました。欧州の学会ガイドラインでも、2014年から徐々にACSに対するTRIを推奨されるようになり、2018年には橈骨動脈アクセスがCAG/PCIの標準的アプローチとなりました。
現在、齋藤先生らは、“遠位”橈骨動脈アクセス(Distal Transradial Access:dTRA)の普及に努めています。これまでのTRIにおける穿刺部位は手首よりも近位でしたが、dTRAでは手首よりも遠位の親指を反らせてできる三角形のくぼみでAnatomical snuffbox(解剖学的嗅ぎたばこ入れ)と呼ばれる部分からアクセスします。「動脈が細く立体的に走行しているため技術的に難しいとされていますが、左遠位橈骨動脈からのアプローチが術者・患者両者にとってより楽になるほか、これまでの近位橈骨動脈の温存に効果があると考えられ、今後さらに発展し普及することが期待されます」(田中先生)。
エビデンス集積で医療の進歩を生み出す
同院は患者さんの協力のもとで、新規デバイスなど医療機器関連の治験にも積極的に取り組んでいます。田中先生は、その取り組みを「レギュラトリーサイエンスの一端として、現場で新規デバイスを使用し、その品質や有効性及び安全性の予測・評価・判断に関われることは、医療の進歩に対する大切な貢献と考えています」といいます。
1977年、初めてGruentzig先生によってPCIが実施され、1981年にはHartzler先生によってACSに対してPCIが実施されました。以後、デバイスや薬剤の進化とともに多くのエビデンスも構築され、冠動脈疾患に対する医療として確立しました。今後も様々なデバイスの登場が期待されており、ますます冠動脈インターベンションが進化していくことが期待されます(田中先生)。
低侵襲な冠動脈インターベンションの手技は、安全かつ有効なより良い治療を目指して日々進化を遂げています。同院のハートチームは、医療理念を共有・実践し、PCIの歴史とともに着実に歩みを進めていることを実感しました。
1) Saito S, et al. Circ J 2015; 79: 1928-1937.
2)湘南鎌倉総合病院循環器内科. 経皮的冠動脈インターベンション説明文(http://www.kamakuraheart.org/pdf-new/PCI2019.pdf)
医療法人 沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院
〒247-8533 神奈川県鎌倉市岡本1370-1
TEL: 0467-46-1717(代表)
URL:http://www.shonankamakura.or.jp
EVO214154MH1(2021年6月作成)