広域の循環器救急体制で、最高水準の医療提供を実現
広域の循環器救急体制で、最高水準の医療提供を実現
宮崎県宮崎市・公益社団法人 宮崎市郡医師会 宮崎市郡医師会病院
宮崎市郡医師会病院は365日24時間循環器救急に対応する心臓病センターを有し、2012年に心臓病専用ドクターカー(モービルCCU)を導入、広域の循環器医療体制の構築を進めています。心臓病センター長の柴田剛徳先生らは“地域医療は地方医療にあらず”をモットーに、国内で最高水準の医療を提供できるよう日々臨床と研究に注力し、全国から研修医を受け入れるなど積極的に教育に取り組んでいます。急性冠症候群(ACS)に対するハートチームの取り組みについて、心臓病センター 循環器内科科長の西平賢作先生ら3人にお聞きしました。
お話を伺った方々 |
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西平 賢作 先生 (心臓病センター 循環器内科 科長) |
小岩屋 宏 先生 (心臓病センター 循環器内科 医長) |
児玉 亜弥子 さん (救急外来 放射線科 主任) |
地域完結型の循環器医療を目指す
宮崎県は総面積が7,735km2と全国第14位で、太平洋に沿って縦に長いのが特徴です。二次医療圏は7つに分かれ、三次医療圏は県全体としています。同院が属する宮崎東諸県医療圏(宮崎市、国富町、綾町)は太平洋側の県央部にあり、県の総人口約107万人の4割近くが集中。宮崎大学病院をはじめとして高度急性期・急性期病床が多く、県全域から患者が集まってきます。
宮崎県では、約6人に1人が心疾患で亡くなっており、死亡原因の第2位となっています1)。心疾患による死亡率(人口10万対)は上昇傾向を示し、2016年に204.4を記録しました(死亡者数に占める割合は急性心筋梗塞15.6%、心不全37.4%)1)。厚生労働省の調査(2016年10月現在)によると、宮崎県で循環器内科を標榜する53病院中21病院(40%)が宮崎東諸県医療圏にあり2)、その他の二次医療圏ではACSなどに十分な対応ができないことがあるため、広域の循環器救急体制の構築が不可欠となっています。
同院は、1984年に会員の紹介入院を主体とした開放型病院として開院。当初、重症心疾患患者は熊本や福岡など県外に搬送されることが多かったようですが、そうした状況が変わったのは、国内屈指の心臓病センターで知られる倉敷中央病院で研鑽を積まれた柴田先生が、宮崎市郡医師会病院に赴任した20年ほど前。倉敷での経験を基に、急性心筋梗塞対策として心臓病センターを整備し、2012年には宮崎県内で初となるモービルCCUを導入、循環器救急医療体制の整備を進めてきました。
現在、同院は12診療科248床(ICU・CCU12床、NICU3床、緩和ケア12床)を有し、地域災害拠点病院や地域医療支援病院に認定。心臓病センターは主に県央地区(宮崎東諸県、西都児湯)の循環器救急を担っています。ただし診療圏の制限は行っておらず、特にACS患者は、近隣に24時間体制の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)施行可能施設がない場合は受け入れています。病院情報局による最新の急性心筋梗塞患者数ランキングでは、同院は全国第8位とハイボリュームセンターの1つに名を連ねています3)。
移転建て替え後の新病院では設備や交通アクセスが改善
宮崎市郡医師会では、老朽化した同院の移転建て替え工事を進めており、2020年8月に新病院の開院を予定しています。現在の施設は、宮崎市街地の東部・日向灘に面する沿岸地域にあります。この一帯は、駿河湾から日向灘まで延びる南海トラフ地震による津波浸水被害が想定されています。小岩屋宏先生は「内陸部に移転することにより、大地震などで災害拠点病院機能を失うリスクが低くなります。移転先は、宮崎・大分県と北九州を結ぶ東九州自動車道の宮崎西インターチェンジに隣接する好立地で、陸路での患者さんの搬送時間を短縮できます。また、新病院はあらゆる設備が最新のものになるので、患者さんの便益につながり、職員のモチベーションも高まっています」と期待を寄せます。
新病院では心臓病センターの設備も拡充され、エコー検査室が10、カテ室が5、ハイブリッド室が1、CCU 10床・ICU 4床、循環器病床80床となり、ヘリポートが新たに設置されます。「現在、宮崎大学医学部附属病院のドクターヘリと市中の救急車やモービルCCUとのランデブー方式で、救急患者さんを当院に搬送するケースもあります。移転後はドクターヘリで当院に直接患者さんを搬送できるため、宮崎市内だけでなく、県内全域の患者さんにより迅速な対応が可能となります」と西平賢作先生。救急外来・看護師の児玉亜弥子さんも「現状ではカテ室までの動線が長いですが、移転後は救急受診からカテ室に一直線に搬入できる予定です」と話し、病院前、病院到着後ともに搬送時間の短縮効果が期待されます。
診療所や病院の後方支援にモービルCCUを活用
同院心臓病センターには、2019年12月現在、循環器内科医20人(日本心血管インターベンション治療学会専門医3人、同認定医7人、不整脈専門医2人、検査科科長兼務1人)、心臓血管外科医4人、臨床検査技師28人、心臓リハビリテーション指導士6人が在籍。循環器内科医を24時間院内に配置し、夜間休日もオンコール体制で心臓血管外科医1人および循環器内科医3人が待機します。
カテーテル治療実績は年間900例前後で、うち約3割を緊急PCI症例が占めます(2011~18年)。胸痛やショックなど心原性のイベントが疑われる患者さんへの初期対応は、救急外来の看護師、循環器内科医および臨床検査技師で行います。バイタルチェック、心電図、心エコー検査、必要に応じてCTによる鑑別診断、採血後にカテ室に搬入しますが、緊急PCI症例は、初療、緊急再灌流療法、CCUおよび病棟管理まで一貫して循環器内科医が担当します。
モービルCCUは、ACSや心不全などの重症患者さんを心臓病センターに搬送することを目的とし、病院や診療所の医師からの要請を受け、循環器内科医と看護師が同乗して出動します。車体はマイクロバスを基に製作したもので、狭い路地には入れない大きさですが、人工心肺補助装置や人工呼吸器、心電図モニターなどの医療機器や薬剤を常備。通信設備を使って病院で待機する医療スタッフと患者さんの情報をやり取りしながら治療できるのが強み。車内にはテレビカメラとGPSシステムが搭載されており、カテ室からマップ上の走行位置や患者さんの状態、バイタル、心電図などをモニタリングできます。
モービルCCUの有用性について、小岩屋先生は「復路に要する時間を有効に使うことで予後改善に寄与します。医師の判断でACSが疑われる場合、ERを通らずにCT室やカテ室に直行します」と話します。
モービルCCUの出動は、後方支援の意義が大きいといいます。「多くの診療所にとって、不安定な病状のACS患者さんに付き添ってPCI施行可能施設に搬送するよりも、モービルCCUを要請した方が効率的です。患者さんの家族も同乗することが多いので、処置しながら家族に治療内容の説明ができれば、そのままカテ室に直行可能です」(西平先生)。
多職種間のディスカッションがもたらす高水準の地域医療
地理的ハンディがあると考えられやすい宮崎県において、最高水準の地域医療をどのように実現しているのでしょうか。柴田先生は「臨床、研究、教育の3つの基盤を着実に固めてきた」と言います。心臓病センターの朝は7時40分から始まります。平日は毎朝30分間、循環器内科医全員が院内カンファレンスに参加します。ある1週間のカンファレンスのメニューを見ると、月曜は学会発表のプレレクチャー、火曜は論文抄読会、水曜は心エコーカンファレンス、木曜は若手医師による勉強会の発表。金曜は弁膜症カンファレンスで、心臓血管外科専門医、麻酔科医、臨床工学技士も参加して経皮的僧帽弁形成術や経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)の適応症例について事前にディスカッションします。朝のカンファレンスで最新の医学知識を吸収し、8時10分から9時前までCCUを全員で回診します。その後、外来とカテーテル検査室に分かれて診療し、夕方17時ごろから1時間前後カンファレンスを行うのが日課です。
西平先生は「重症患者さんを皆で共有・把握して管理方法を学びます。主治医だけでなく、CCU入室患者さんの急変時には誰でも対応できるようにしています。毎朝カンファレンスを経て回診と診療を行い、夕方のカンファレンスでその日の振り返りと翌日の予習をします。臨床現場での教育・修練と、多彩なセミナーやワークショップによる学習機会の両方が充実しているので、研修医が県内外から多数集まってきます。また、学会発表や聴講、学術誌への投稿が奨励されています」と説明します。
医師全員が参加してカンファレンスと回診を毎日行うことは、治療や手技を標準化する上でも有用だといいます。「カンファレンスで術者が治療方針を説明すると、上司からアドバイスがあったり、他の医師からこうした方が良いなどディスカッションがあったりして治療方針や術式が決まります。PCIの経験が少ない若手を含めて議論を共有しているので、その後も似た症例には同じような治療を選択するようになります」と西平先生は指摘します。なお、治療の標準化という意味では、2018年1月から新たに脂質低下療法パスの運用を開始しました。このパスは、『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版』4)で二次予防のACSや家族性高コレステロール血症(FH)、ハイリスク病態を合併する糖尿病患者の脂質管理目標が厳格化されたことを受けて作成したもので、これによりどの医師でも標準的な治療法の実施が可能となりました。
また、チーム医療や多職種連携においては、適度な人数であることの利点があるようです。「当院はハイボリュームセンターですが、ハートチームは全員の顔が見える規模です。チーム医療ではコミュニケーションが大事。年齢や職種に関わらず話しやすい環境づくりを心がけています。例えば、心エコーを担当した技師は“左冠動脈主幹部(LAD)領域の動きが悪い”など見立てをしてくれます。その技師に、実際にLADだったのか違っていたのか、造影の結果をフィードバックするようにしています。このような多職種間のディスカッションはお互いのモチベーション向上につながります」(小岩屋先生)。
二次予防における地域連携の在り方の議論が必要
児玉さんは、外来看護師としてACS患者さんに接していますが、「患者さんには私と同世代の方もいます。自分が働けなくなったら、子育てや生活費をどうすればいいのかと不安を抱えている人が多く、必要に応じて医師やソーシャルワーカーにつなぐこともあります。話を聞くだけでも安心して治療に前向きになれる方もいるので、検査や診察の待ち時間などに声をかけるようにしています」と言います。
宮崎県では、広域の循環器救急体制の整備とともに、ACSの一次・二次予防や心不全対策、多職種による心臓リハビリテーションの提供など、急性期から在宅医療まで切れ目のない医療提供体制の構築が課題となっています。看護師の立場から児玉さんは、ACS患者の退院後のケアの在り方を議論していく必要性を指摘します。「団塊世代が75歳以上を迎える2025年が迫っています。入院期間が短縮される中、ACS患者さんの退院後の二次予防をどうするのかが課題です。看護師は、医師と患者さんの間に立ち、多職種との連携を取る中心的な立場にいて、病気と生活の両面から退院後の患者さんのケアに貢献できると思います。しかし、残念ながら、急性期病院の看護師と、地域の開業医の看護師が一緒に勉強や情報交換できる場が少ないと感じています。急性期から在宅までのシームレスなケアの具体化を考えると、今後は看護師間における地域連携のための新たな枠組みが必要ではないでしょうか」(児玉さん)。
病院到着前ケアの啓発や高校生の医療体験で社会貢献
ACSの治療では総虚血時間の短縮が最も重要で、各地でプレホスピタルケアの啓発活動が展開されています。同院の心臓病センターの先生方も、市民公開講座、救急隊員や医師会会員を対象とした研修会の講師を担当しています。活動内容は、同院のウェブサイトで公開されていますが、例えば救急隊員の研修会は年2回開催し、心電図講義や搬送症例の検討会を行っています。
また、県内の医学部志望の高校2年生を対象に、最先端の医療現場を体験してもらう「ブラック・ジャックセミナー」を毎年開催しています。循環器内科を中心にエコー検査、模擬カテーテル治療や模擬縫合を体験してもらいます。これは、医師不足が深刻化する中、地元の高校生に医師になってほしい、ゆくゆくは宮崎の地域医療を担ってほしいという願いから始めました。第5回目を迎えた2018年の参加者は約50人、これまでのセミナー修了者の中から約30人が医学部に進学しており、未来の医師誕生が待ち望まれます。
西平先生と小岩屋先生は「新病院で新たなスタートを切り、真価が試されますが、当院を紹介してくださった地域の医療機関、そして患者さん・ご家族の信頼に値する医療を常に提供したい。福岡や大阪まで行かなくても、宮崎で同じレベルの医療を提供することが目標です。若手医師が一緒に働いてみたいと思えるような施設になるよう努力していきます」と抱負を語ります。
臨床、研究、教育の3つの歯車がバランスよくかみ合ってルーチンワークを進めていく姿勢が、多くの研修医を引き付けている魅力ではないかと感じました。
1)宮崎県医療計画の策定について 「第4章 医療提供体制の構築」
https://www.pref.miyazaki.lg.jp/documents/71196/1357_20180517101341-1.pdf(2019年10月閲覧)
2) 宮崎県医療計画の策定について 「第3章 医療圏の設定と基準病床数」
https://www.pref.miyazaki.lg.jp/documents/71196/1357_20180517102046-1.pdf(2019年10月閲覧)
3) 病院情報局 主な疾患別患者数ランキング
https://hospia.jp/Home/Maladylist?mdata=m300(2019年10月閲覧)
4) 日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版
公益社団法人 宮崎市郡医師会 宮崎市郡医師会病院
〒880-0834 宮崎市新別府町船戸738-1
TEL: 0985-24-9119(代表)
URL:http://www.cure.or.jp/index.php
EVO214162MH1(2021年6月作成)