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全国トップレベルのPCI施行件数、二次予防では「小倉スタイル」推進

全国トップレベルのPCI施行件数、二次予防では「小倉スタイル」推進

福岡県北九州市・一般財団法人 平成紫川会 小倉記念病院

取材日:2019年12月23日(月)、2020年1月8日(水)

 日本では現在、年間25万件を超える経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が行われています。約40年前の1982年、最初の成功例が社会保険小倉記念病院(現・一般財団法人平成紫川会小倉記念病院、以下小倉記念病院)循環器科(現・循環器内科)の延吉正清先生(現・名誉院長)により行われました。以来、小倉記念病院は全国トップレベルの治療実績を積み重ね、日本におけるPCIのパイオニア、オピニオンリーダーとして、その発展と普及に大きく貢献してきました。今回は、同院循環器内科で急性冠症候群(ACS)治療に携わる先生方とスタッフの皆さんに、PCIをはじめとするインターベンション治療や二次予防の現状と課題についてお聞きしました。また、北九州市小倉医師会副会長で今渡循環器科内科医院院長の今渡龍一郎先生に、小倉記念病院との医療連携について伺いました。

お話を伺った方々
曽我芳光先生(循環器内科部長)
道明武範先生(循環器内科部長)
武富康成さん(看護部科長)
細野政子さん(心臓血管病センター外来科長)
今渡龍一郎先生(今渡循環器科内科医院院長)

循環器領域における日本のリーダー的役割を担う施設

 小倉記念病院は、1916(大正5)年、福岡県小倉市に創立された私立小倉記念病院が母体。戦後、1948年に厚生省(当時)へ移譲されて社会保険小倉記念病院(117床)となり、1970年に小倉北区貴船町に新築移転(550床)しました。当初5科だった診療科は年を重ねるごとに増加し、1979年には循環器科と心臓血管外科が加わって全15科に。日本人における虚血性心疾患の増加を受け、心臓血管病センターも同年に設置されました。

 さらに2010年には、JR小倉駅から徒歩7分の交通至便な立地に再度新築移転。診療科は全27科、病床数は656床、職員数は1,399人(2019年4月1日現在)を数え、地域の中核病院として急性期・高度医療を提供しています。

 小倉記念病院の存在を世に広く知らしめた循環器内科は、27科の中で医師数や1日当たりの外来患者数、入院患者数などが抜きん出て多く、質の高さも折り紙付きです。同院は2019年2月に日本医療機能評価機構から「一般病院2」の認定を受けましたが、その審査結果報告書には「循環器内科と心臓血管外科においては、地域の医療圏のみならず、九州地区全般の患者や近隣諸外国からの外国人患者も受け入れるなど、この分野における日本のリーダー的役割を担っており高く評価できる」と記されています。

夜間でも循環器内科医2人とカテーテル室看護師、診療放射線技師が常駐

曽我 芳光先生

 小倉記念病院循環器内科の基本理念は、“For the patients, not for myself”。最先端の治療に積極的に取り組むことが基本理念の実現につながるとの考えから、PCIをはじめとする最新治療を先駆的に導入してきました。心臓だけでなく、大動脈、末梢血管など、全身のさまざまな血管に対するインターベンション治療を心臓血管外科、血管外科などと連携しながら実践しています。

 循環器内科に所属する医師は、現在44人。うち38人がPCIを行っています。その中心メンバーである同科部長の曽我芳光先生によると、PCI施行件数は全国トップレベルの1,898件(2018年)、通算件数は同年12月末時点で6万5,543件に上ります。このうち、ACSは約2割を占めています。

 同院は夜間でも循環器内科医2人が常駐、さらに2人がオンコール待機という体制で緊急PCIに対応しています。「メディカルスタッフも含め、専門のスタッフが常駐しているので、夜間でも機器の立ち上がりが早く、穿刺もすぐに取りかかれます。ACSに対するPCIは毎日行っていますから、スタッフ全員が一連の流れをよく理解していて、速やかに治療に当たることができます」(曽我先生)。

道明 武範先生

 同じく中心メンバーである同科部長の道明武範先生は「当直として循環器内科医が常駐している施設は全国でも少ないのではないでしょうか。一般的な施設ではオンコール待機の循環器内科医が電話を受けて病院に向かうことになりますが、当院では常駐する循環器内科医が救急室でファーストタッチします。さらに、カテーテル室担当の看護師、診療放射線技師も常駐しており、オンコール待機の臨床工学技士もカテーテル室を準備している間に駆け付けてくれます」と治療体制を説明します。「このようなシステムなので、診断から重症度の判定、治療までを迅速に行うことができます。いったん治療が始まれば、血管内超音波(IVUS)、光干渉断層法(OCT)などによる観察は基本的に臨床工学技士が担当し、看護師、診療放射線技師とのチーム連携の下、術者は手技に集中できます」(道明先生)。

全6室のカテーテル室を看護師がコーディネート

武富 康成さん

「虚血性病変は再灌流までの時間が勝負。細胞1つでも殺さないようにするのがわれわれの使命だと思っています。そのために円滑、スピーディに治療が行える環境を24時間いつでも維持するようにしています」と気構えを熱く語るのは、看護部科長を務める武富康成さん。同院に6室あるカテーテル室の検査と治療全体をコーディネートする重要な役割を果たしています。

 さらに、ACS治療では多職種連携も大きなポイントです。武富さんは「安全、安心な医療を提供するためにはスタッフ間の良好なコミュニケーションが重要です。しかし、当院は症例数が多い上、医師、看護師など各部署が大所帯であり、全職種が集まってカンファレンスを行うことは難しいため、各職種で毎日行うようにしています。また、救急の症例以外は全例でタイムアウト(スタッフ全員が一斉に手を止め、治療方針などを確認する作業)を行っています」。

細野 政子さん

 多職種間の連携ツールについては、カテーテル室を中心に循環器領域で30年以上の看護経験を持つ心臓血管病センター外来科長の細野政子さんが「私のカルテ」という冊子を紹介してくれました(写真)。「ACSに関して、病変の場所、治療内容、食事・運動などの情報が詳しく記載されており、入院病棟ではこれを使用して患者さんの指導、管理を行っています。退院後の外来受診時にも患者さんに持参してもらっており、速やかで円滑な情報共有に役立っています」。

 こうした万全の診療体制を敷く同院に対して、連携する市内医療機関も厚い信頼を寄せています。小倉記念病院から南に2kmほど離れた幹線道路沿いで、25年前から循環器科を中心とするクリニックを開業している今渡龍一郎先生は「小倉記念病院は日本有数のPCI施設であり、治療に当たる先生方のこともよく知っているので、安心して患者さんを紹介できます。難渋しそうな症例でも『あそこに行けばなんとかしてくれますよ』と患者さんを励ますことができます」と太鼓判を押します。

DEBを用いた下肢PAD治療の症例数も全国トップレベル

 曽我先生はPCIに加え、下肢の末梢動脈疾患(PAD)の治療にも積極的に取り組んでいます。PCIと下肢PAD治療を合わせると、週に20件ほど。薬剤コーティングバルーンカテーテル(DEB)を用いた下肢PAD治療は、保険適用となった2017年12月以降、小倉記念病院で施行された全症例の約8割に相当する約400例に実施しています。

 DEBを用いた下肢PAD治療の施行件数は同院が全国トップレベルなので、曽我先生はこの治療に関して日本で最も豊富な経験を持つ医師の1人であると言えます。同院では現在、下肢浅大腿動脈疾患の約9割をDEBで治療しているとのことです。

PCI後の生活指導は「コーチング」が望ましい

 ACS患者さんは、適切なPCIが行われたとしても、施行後の生活習慣や服薬状況が良好でなければ再発の可能性が残ります。その対策、特に生活指導による二次予防は小倉記念病院でも悩ましい問題のようです。

 曽我先生は「生活習慣が原因でACSを発症した患者さんに対し、一方的に病気の説明や食事、禁煙、服薬などの指導をしたところで、生活はおそらく変わりません。宿題をしたくない子供に『宿題をしなさい』と言っても無理なのと同じです。こういった一方通行の説明や指導は『ティーチング』に相当しますが、それで適切な二次予防ができた患者さんは、私の経験では多くて7割程度です」と分析します。

 では、残る3割の患者さんにはどのように対応すればよいのでしょうか。「患者さん自身から今後の生活の在り方について話してもらえるような環境をつくる『コーチング』が大事なのだと思います。医療スタッフは聞き役となって、患者さん自身が今後の生活の在り様を語り、できそうなことから開始してもらうのです」と曽我先生。しかし「現実には多忙な外来で医師がコーチングまで行うのは難しい。メディカルスタッフもそれぞれ忙しいですし」と顔を曇らせます。道明先生も「コーチングを行いたくても、一方的にしゃべって終わりということが多いですね」と打ち明けます。

 細野さんは「心不全の患者さんに対しては、退院後の定期受診時に必ず心臓リハビリテーションと生活指導を行っています。ACS患者さんに対しても、生活指導によって再狭窄予防につなげられればと思っています」と、生活指導体制の確立は今後の課題と話しています。

ACSの二次予防として「小倉スタイル」を実践

 生活習慣の改善以外に挙げられるACSの二次予防として、薬物療法があります。曽我先生は「仮に食事療法を徹底したとしても、おそらくLDLコレステロール(LDL-C)値はあまり下がらない。LDL-C値の上昇は食生活によるものだけではないので、基本的には薬物療法が必要ではないでしょうか」と指摘した上で、同院で実践している「小倉スタイル」という約束処方を紹介してくれました。

 小倉スタイルとは「入院中にHMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)最大用量の投与を考慮し、必要に応じてエゼチミブも併用。そして退院1カ月後の外来でLDL-C値が70mg/dLを下回っていなかったら、PCSK9阻害薬の導入について患者さんと相談する」というもの。「当科の患者さんを対象に小倉スタイルを試みた上で、その意義を評価しようと考えています。現状、スタチン最大用量やエゼチミブ併用により、6割程度の患者さんで70mg/dL未満を達成できています」。

 一方、スタチン最大用量やエゼチミブ併用で70mg/dL未満を達成できない患者さんに対しては「食事療法を行って数カ月様子を見る場合もありますが、その結果、一番大事なPCI施行直後のLDL-C値が思うように下がらないという事態を招く可能性があります。ですから、小倉スタイルにのっとり、必要な患者さんには早めにPCSK9阻害薬を導入した方が良いと考えています」と曽我先生。

 積極的な薬物療法によって、LDL-C値が70mg/dLを大きく下回る可能性もあります。この点について、曽我先生は「低いほど良いと考えています」と話します。「血液検査の結果では、LDL-C値が78mg/dLぐらいになると『L』、70mg/dLを切ると『LL』と表記されます。『L』という結果を見た患者さんから『低過ぎるのでは?』と言われて困っている開業医の先生がおられるようですが、私は講演会などで『低いほどいいんです』とお話ししています」。

 小倉記念病院循環器内科では、かかりつけ医の先生の下でLDL-C値のコントロールがうまくいかない患者さんを主な対象とした「難治性脂質異常症専門外来」を開設しています。「この外来では、家族性高コレステロール血症(FH)の患者さんや二次予防のACS患者さんを診療しています。ここでも小倉スタイルにのっとり、PCSK9阻害薬が必要と判断された患者さんは、PCSK9阻害薬を導入した後にかかりつけ医の先生にお戻ししています」(曽我先生)。

今渡 龍一郎先生

 循環器を専門とする今渡先生は、外来患者の8~9割を占める500人前後の循環器疾患患者さんをフォローアップしていますが「LDL-C値は低ければ低いほど良いと考え、ACS患者さんは70mg/dL未満まで下げるようにしています。スタチンやエゼチミブを処方しても70mg/dL未満に達しなければ、PCSK9阻害薬を導入しています」と、小倉スタイルと同様の治療方針で臨んでいることを明かしました。さらに「かかりつけ医の下で行う治療は時間軸が長いので、患者さん自身が治療に参加するという意識が大切です。毎日自宅で体重や血圧を測定してもらい、その記録を毎回私が外来でチェックし、個別の指導を行っています」と、患者管理のコツを説明してくれました。

若手医師には「俯瞰した治療戦略」、看護師には充実したOJT

 ところで小倉記念病院は、PCIの研鑽の場として1994年から「小倉ライブ」を開催しており、今年(2020年)も5月15~16日に西日本総合展示場新館で行われます。企画・立案に携わっている道明先生は「小倉ライブは当初から、それぞれの病変に応じた最適な治療戦略の共有を目指してきました。現在も”患者さんにとって、より良いアウトカムを得るために必要な治療戦略を追求する”という第1回からの意思を引き継いでいます。特別な技術を要する病変ではなく、日常診療で比較的遭遇しやすい一方、熟考を要する症例に対する治療戦略の標準化を議論することで、日常の臨床にフィードバックできるよう企画しています」と説明します。

 さらに、若手医師の教育について道明先生に伺うと「PCI担当医は、手技をずっと繰り返しているうちに、血管の治療だけに目が向いてしまう傾向があります。血管病変をいかに治すかという視点はもちろん大切ですが、患者さんをトータルに診療し、バランスを考えながら治療のゴールを目指すことが重要です。若手の先生には、PCIの施行で血管病変を100点満点で治すことより、予後改善というゴールまでの道筋を考えられるような俯瞰した治療戦略を大事にしてもらいたいと思っています」と話してくれました。

 看護師の若手教育においては、何が重視されているのでしょうか。武富さんは「当院のカテーテル室は、単に看護師免許を所持しているだけではおそらく働けないでしょう。新人に対しては一人前になるまで最短でも1年以上、あらゆる治療の現場をOJT(On the Job Training)で経験してもらいながら、プリセプター(実地指導者)をそれぞれ1人付けて指導します。重要なのは、短期目標を立て、それを1つずつ復習しながらクリアしていくことです。若手教育では、スタッフ全員でOJTに取り組み、一緒に新人を育てていくという姿勢が大事だと思っています」。

 日本のPCIの発展、普及に大きく貢献してきた小倉記念病院。優秀なスタッフの連携により、PCIのパイオニア、オピニオンリーダーとして、今後もさらなる進化が期待されます。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、2020年の開催は中止

一般財団法人 平成紫川会 小倉記念病院
〒802-8555 福岡県北九州市小倉北区浅野3丁目2番1号
TEL:093-511-2000(代表)/FAX:093-511-3240
URL:http://www.kokurakinen.or.jp/

 

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