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非侵襲的な“治療”で虚血性心疾患の患者さんを治す心リハチームの取り組み

非侵襲的な“治療”で虚血性心疾患の患者さんを治す心リハチームの取り組み

群馬県前橋市・地域医療支援病院 群馬県立心臓血管センター

 群馬県立心臓血管センターは、1990年代にドイツを中心としてエビデンスが確立された多職種による介入で運動や食事、ストレスマネジメントといった生活習慣の改善を指導する「包括的心臓リハビリテーション」の手法を取り入れ、実践しています。同センターでは、心臓リハビリテーション部門が独立した診療部門として位置付けられ、狭心症や心筋梗塞、心不全などの心疾患に対し、医師、看護師、臨床検査技師、作業療法士、理学療法士、管理栄養士、薬剤師などが連携し、“治療”としての心臓リハビリテーションを提供しています。同センターの包括的心臓リハビリテーションを支えている皆さんにお話を伺いました。

お話を伺った方々
安達 仁先生(副院長/循環器内科 心臓リハビリテーション部長)
村田 誠先生(循環器内科 部長)
生須 義久さん(リハビリテーション課 技師長/作業療法士)
小林 康之さん(生体検査課 課長/臨床検査技師)
設楽 達則さん(リハビリテーション課 主任/理学療法士)
滝沢 雅代さん(栄養調理課 主幹/管理栄養士)
風間 寛子さん(リハビリテーション課 主任/理学療法士)
吉田 知香子さん(看護部 地域医療連携室・心リハ 副看護師長/看護師)

群馬県初の心臓リハビリテーション施設

 同センターにおける包括的心臓リハビリテーションは、心臓リハビリテーションに熱心に取り組んでいた谷口興一先生が赴任されたことを機に始まり、ドイツで行われている手法を取り入れています。1996年に群馬県初の心臓リハビリテーション施設として認定され、2001年には自然に恵まれた屋外で運動療法ができる「ぐんまリハビリパーク」、2004年には最新のトレーニング機器をそろえた「総合リハビリ棟」が完成しました。

 同センターの診療体制で特筆すべきは、循環器内科において「心臓リハビリテーション部門」が独立した診療部門として位置付けられ、不整脈部門、心不全部門と並立して高度専門治療に当たっていることです。同部門は、多職種から成る「心臓リハビリテーションチーム」(以下、心リハチーム)を統括し、狭心症や心筋梗塞、心不全などの心疾患患者さんに対し包括的心臓リハビリテーションを提供しています。

 副院長で心臓リハビリテーション部長を務める安達仁先生は、同センターの包括的心臓リハビリテーションについて、「一口でいえば、多職種が連携して運動療法の指導や患者教育に努め、早期離床、早期退院、早期社会復帰はもとより再発予防や心機能改善、予後改善を目指す包括的な取り組みで、ストレスマネジメントにも配慮しています。当センターのように独立した心臓リハビリテーション部門を設けている施設は少ないですね」と言います。

包括的心臓リハビリテーションの意義を伝え
自発的に生活習慣の改善に努めてもらう

 心疾患患者さんに対する運動療法は、運動耐容能や心機能、生命予後などの改善といった幅広い身体的効果のエビデンスが示されているだけでなく、不安や抑うつ状態の改善をはじめQOL向上に寄与する精神的効果も期待されます。また、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの冠危険因子を是正する上では、食生活の改善と薬物療法のアドヒアランスを維持することが重要となります。

 同センターの包括的心臓リハビリテーションでは、臨床検査技師による血液検査や心肺運動負荷試験(CPX)の結果などに基づいて主治医が処方した運動療法を作業療法士、理学療法士らが、食事療法を管理栄養士が、薬物療法を薬剤師がそれぞれ指導します。包括的心臓リハビリテーションのプログラムは、①集中治療室(ICU)/冠動脈疾患集中治療室(CCU)に入院加療中の急性期②退院後150日間の回復期③維持期-の3期にわたって実施されます。

 安達先生がこのプログラムで重視しているのは、それぞれの専門職が職能を発揮するだけでなく、患者さんに包括的心臓リハビリテーションの意義を伝え、生涯にわたり自発的に生活習慣の改善に努めるよう動機付けを行うこと。「例えば、激しい胸痛を訴えて搬送された患者さんでも、主冠動脈を含む多肢病変などでない限りは経皮的冠動脈インターベンション(PCI)により血管を開くことで症状が改善します。その場合、早ければ4日後には退院できます。それだけに、多くの患者さんはACSを軽い病気だと思い退院すると元の生活習慣に戻ってしまって、再発、再入院を繰り返してしまうのです」。

 急性冠症候群(ACS)患者さんには、激しい症状に苦しんだという記憶が生々しいうちに、なぜACSになったのかを十分に理解した上で、生活習慣の改善に努めてもらう必要があります。「心リハチームの全スタッフは、患者さんに『PCIのおかげで命をとりとめても生活習慣を改善して個々の冠危険因子を是正することが根本的な治療として重要だ』ということをさまざまな職種からお伝えし、退院後の回復期、維持期に行う外来診療や包括的心臓リハビリテーションにつなげていくよう心がけています」(安達先生)。

CPXの結果を基に個々の患者さんに合った運動を処方

 同センターでは、心筋梗塞などのACS患者さんに対して、6~7日間のクリニカルパスに基いた急性期治療が行われます()。

村田 誠先生

 心リハチームに属する循環器内科部長の村田誠先生は「安達先生の包括的心臓リハビリテーションの考えに共感し、心臓リハビリテーションに携わることにした」と言います。急性期の心臓リハビリテーションについて「PCIや心臓バイパス術(CABG)などの急性期治療を終えた患者さんに対しては、まず早期離床を図ることが重要です。寝たきりの期間に失われた運動耐容能を取り戻すには、3~4倍の時間がかかります。胸部症状や血行動態、バイタルを見ながら慎重にベッドからの離床を図り、徐々に歩行距離を延ばしていきます」と説明します。

 食事や排泄、着替え、入浴などの日常生活動作(ADL)の回復を手助けする作業療法士でリハビリテーション課技師長を務める生須義久さんは「急性心筋梗塞のクリニカルパスでは、経過日数に応じて自立坐位、50m歩行、200m歩行と徐々に歩行負荷を上げていくステップアッププログラムを行うこととしています」と話します。「通常、術後初期に実施される歩行負荷試験は病棟看護師が行いますが、高齢者や多疾患を合併した患者さんなどで歩行負荷試験が困難な場合は、必要に応じて作業療法士が立ち会うこともあります」と説明します。

 村田先生は「心リハチームの作業療法士や理学療法士はスキルが高く、患者さんの早期離床を安全かつ有効に図ってくれます」と胸を張ります。200m歩行負荷をクリアした時点でCPXが実施され、その結果に基づいた運動処方による心臓リハビリテーションが実施されます。

 CPXを担当するのは、臨床検査技師で技術部生体検査課課長の小林康之さん。運動処方を作成するために行うCPXについて「呼気ガス分析を併用する運動負荷試験であり、運動耐容能や心不全の重症度、予後などを判断する上で有用な検査です」と説明します。

 ACS患者さんの場合、CPXはPCI施行から5日後をめどに行われています。「CPXは運動負荷をピークまでかけていくため、やり直しが利かない検査であり、施行前に胸部症状の有無と頻度、運動習慣の有無などを問診で確認する必要があります。また、呼気中の酸素を測るため、検査中に話をしてはいけないといった注意点もあります。ACS患者さんの場合、どの程度の運動で虚血が発生するか(虚血閾値)、不整脈が出るか(不整脈閾値)、安全性が担保できるかといった点が評価項目になります。検査中は心電図、血圧、呼吸、患者さんの表情などをしっかり確認し、不整脈などの事態が生じた場合はすぐに対応できるよう心がけています。検査のプロフェッショナルとして、精度や再現性が高く、信頼性のある正確なデータを提供し、医師からの多様な要望に臨機応変に対応できるよう備えています」(小林さん)。

医療者の押し付けではなく、患者さんが望む運動療法や機能訓練を実施

 理学療法士でリハビリテーション課主任の設楽達則さんは、クリニカルパスにのっとり、CPXの結果に基づいた適切な強度で運動療法を指導しています。「その際、監視型運動療法で主に自転車エルゴメータやトレッドミルを用いた有酸素運動、筋力トレーニングマシンを用いたレジスタンストレーニングを指導しています。安全かつ効果的な運動強度の設定には、Borg scaleなどによる自覚的運動強度(Rate of Perceived Exertion;RPE)も重要な判断材料となりえます」と話します。

 一方、生須さんは「歩行負荷試験の実施が困難な高齢者や多疾患を合併した患者さんでは、自転車エルゴメータやトレッドミルなどを用いた運動療法が行えないことがあります、そうした場合は、社会復帰を目指すためのADL訓練や廃用症状を予防するための機能訓練に主眼が置かれます」と説明し、「患者さんの残存機能を評価し、運動療法を行うか機能訓練を行うかを見極め、その後のプログラムにつなげる必要があるのです」と言います。

 近年では、調理・洗濯などの家事や買い物、外出、金銭管理など、より高次の生活活動を行うための手段的日常生活動作(Instrumental Activities of Daily Living;IADL)の訓練法なども開発されています。生須さんは、作業療法のポイントとして「医療者の押し付けではなく、患者さんが望むことをすること」を挙げ、「PCI後のACS患者さんには、未来志向で包括的心臓リハビリテーションに主体的に取り組まれるよう普段からお勧めしています」と語ります。

病前と同じ食習慣にならないよう具体的に指導

 管理栄養士で栄養課主幹の滝沢雅代さんは、入院中および退院後の食事指導を行っています。「今までの食生活を中心に患者さんのお話を詳しく伺い、問題点を絞り込みます。一番大事なことを確認した上で、患者さん自身が実行できそうな内容を提案するようにしています」と食事指導のポイントを話します。

「例えば、血圧が高い患者さんであれば減塩を指導しますが、その方が主に何から塩分を摂取しているかを食習慣や嗜好から探っていき、麺類であった場合は、「『ラーメンではなく、そばにしましょう。汁はこのぐらい残しましょう』など、具体的なことをお話しするようにしています。『やっぱりラーメンがいい』と言われたら、週に何回食べていたかを聞いて回数を減らすことを提案するなど、少なくとも病前と同じ食習慣にはならないようにしましょうとお伝えしています」。

 退院後に自分で料理をするのが不安になったという方には宅配食を勧め、「一定の期間、宅配食を試してみて食材の選び方や分量、味付けが把握できたら、同じようなものを買ってきて自炊してみてはどうかとアドバイスしています」と滝沢さん。

 退院前の栄養相談は時間も限られることから1回で終わってしまうケースも多いそうですが、回復期の包括的心臓リハビリテーションに通ってもらえれば、継続して指導が行えます。栄養指導の面からも包括的心臓リハビリテーションへの通院を促しているという滝沢さん。「退院前に提案した内容がどれだけ実行できているか、どんな影響が出ているかを確認することができますし、新たな提案もできます。患者さんに寄り添った指導が可能です」。

回復期は総合リハビリ棟で理学療法士や看護師の下に適切かつ安全な負荷の運動を処方

 退院後は、外来で回復期の包括的心臓リハビリテーションに臨むことになります。村田先生は「回復期の患者さんは、CPXで測定した嫌気性代謝性閾値(Anaerobic Threshold;AT)に基づいて処方した運動処方を理学療法士の指導の下で150日間継続します」と説明します。

 設楽さんは、回復期の患者さんに対しては総合リハビリ棟での運動療法に加え、自主トレへの移行を促し、「メディカルスタッフがいない環境でも適切な運動を自立して行えるようアドバイスしていきます」と言います。また、「回復期には、患者さんの状態に応じて強い運動と弱い運動を交互に行う高強度インターバルトレーニングなどを処方することもあります」と話します。この高強度インターバルトレーニングについては、安達先生も「強い運動と弱い運動を繰り返すことでミトコンドリアの機能が活性化し、心臓への負担が若干小さくなることが分かっています。高強度インターバルトレーニングは心臓を鍛えるという意味でも重要な運動です」と補足します。

 理学療法士でリハビリテーション課主任の風間寛子さんは「回復期であっても患者さんの体調や病態は日によって変化するため、そのときの状態に応じて適切で安全な負荷を設定できるように、運動前のメディカルチェックおよび運動中の心電図モニターや自覚症状をしっかりと確認しながら行っています。事前にカルテから情報収集しておくことは必須です」と話します。

 看護部地域医療連携室・心リハ副看護師長の吉田知香子さんは心リハチームの看護師として、総合リハビリ棟で回復期に運動療法の指導を受けている患者さんの状態を観察し、適切な運動ができているかどうかを確認したり、日ごろの食生活や運動の状況を伺ったりしています。「体組成計で体重、体脂肪、筋肉量、水分量などを調べ、体脂肪が増えていれば、その原因を一緒に探して『来月の外来まではこういう食生活をしてみませんか』と提案し、次回につながるよう指導しています」

冠危険因子の是正を目指すために
~患者さんの自発性を高め、自己管理の大切さを指導

 たとえPCIが成功したとしても、生活習慣を改めなければ再発のリスクは高いままです。そのため、運動療法・食事療法・薬物療法の3本柱で冠危険因子の是正に努める必要があります。

 設楽さんは「運動療法の効果は、当センターの患者さんでも日常的に目の当たりにするところです。PCI後のACS患者さんには、PCIはあくまで対症療法であり、根本療法ではないことを十分に理解してもらうよう常々説明しています。PCIは責任病変を治療しますが、それ以外の血管にも動脈硬化は進んでおり、こうした未治療の血管に生じたプラークが運動療法や食事療法で退縮できるという情報をしっかりと伝えることが大切だと考えています」と話します。

 風間さんは「医療者側からの一方的な指導ではなく、患者さんの生活習慣や考え方を聞き出しながら、不足している知識の確認や修正のポイントを提案していくことが重要です。こうした指導によって患者さんの自発性が高まり、結果として自己管理の継続につながりやすくなると感じています」と言います。実際、患者さんに血圧や体重、血糖値などを自己モニタリングしてもらい、成功体験や自己効力感を得ることで自己管理能力の向上につなげているそうです。「患者さんのその後の人生をより豊かなものにするためのお手伝いも、心リハチームの一員として欠かせません」(風間さん)。

 吉田さんも「包括的心臓リハビリテーションの最大の目的は自己管理ができるようになること。自分の身体を自分で管理していくことです」と言います。「高齢の患者さんにも『自己管理はあなたの仕事ですよ』と説明し、患者さんが自分でできないところはご家族を巻き込んで手を貸してもらえるよう介入しています。当センターでは、高齢の患者さんに対しても1日数千歩歩くようにとの指示を出すことがありますが、ご家族が心配して外出させないケースがあります。そうした場合は、患者さんと一緒にご家族にも声かけをし、運動の重要性を理解してもらえるよう説明を行います。また、自己管理へのモチベーションを高めてもらうために、個々の患者さんの性格に合わせたアプローチを行っています」と工夫を話します。

実体験を話し、頑張っている自分の姿を見せて療養の励みにしてもらう

 一方、小林さんは家族性高コレステロール血症(FH)と診断されており、心筋梗塞やCABGも経験しています。「心臓病教室でCPXなどの解説をするときは、私自身の病気や経験についても話しています。患者さんの痛みやつらさを共感できますし、頑張っている私の姿を見てもらうことで、少しでも療養の励みにしてもらえればと考えています」と言います。

 月に1回予約制で開催している「減塩教室」では2パターンの講義形式の教室に加え、2019年からは病院給食のプロである調理師を講師に調理実習を行う料理教室も実施しています。滝沢さんは「栄養相談や減塩教室は、ご家庭で料理をつくる人と食べる人が一緒に参加するのが効果的です。あまり高い目標を掲げると到達する前にくじけてしまう場合が多いので、『できることから始めましょう』と声をかけています。1度や2度つまずいても、諦めずに何度でもトライしていただきたいです」と話します。

 こうした回復期の150日間の包括的心臓リハビリテーションを終えると維持期に移行します。「維持期の患者さんは、当センターがヘルスアップ事業の一環として行っている運動継続コースに自費で通院するか、あるいは在宅で運動療法を実践することになります。維持期の過ごし方は回復期の延長ともいえます。1人で運動を続けるのは不安だから病院で運動したい、と回復期から継続して当センターに通ってくださる患者さんも少なくありません」(村田先生)。

心臓リハビリテーション普及のために
~患者さんの立場から啓発を促す

 このように、安達先生が実践しようとしている包括的心臓リハビリテーションの考えは心リハチーム全員に浸透し、患者さんが自発的に生活習慣の改善に努めるよう指導を行っています。

 心リハチームでは毎週金曜日にランチミーティングを開催し、1週間に経験した症例などについてディスカッションしています。その際、安達先生が学会のトピックスやガイドラインの改訂ポイントなどについてまとめたプリントを配布し、情報共有にも努めています。また、各部署では1日2~4回、スタッフミーティングが行われています。患者さんの背景や検査所見、治療方針などの情報はスタッフが電子カルテでいつでも見ることができるようになっています。

 先生方やメディカルスタッフの皆さんの話から、包括的心臓リハビリテーションは非侵襲的な治療でありながらPCI、CABGに匹敵する成績を上げている理由が見えてきます。しかしながら、同センターで回復期に行われる包括的心臓リハビリテーションの150日間のプログラムを完遂する患者さんは3割程度です。安達先生は「非侵襲的な治療である心臓リハビリテーションによって2/3は治るとされている安定狭心症に対し、現状ではPCIが行われています。日本心臓リハビリテーション学会の会員は既に1万人を超えており、心臓リハビリテーションをやりたいと思っている医師やメディカルスタッフは多いと考えられます。それにもかかわらず日本で心臓リハビリテーションが十分に普及していない理由として、インセンティブの問題と一般の人々にその意義が正しく伝わっていないことが挙げられるでしょう。今後は、市民講演会などを通じた啓発を心がけ、患者さんの立場から『心臓リハビリテーションをしたい』という声が上がるようにし、普及を促していきたいと考えています」と熱く語ります。

 同センターの挑戦は、止むことなく続いていくでしょう。

地域医療支援病院 群馬県立心臓血管センター
〒371-0004 群馬県前橋市亀泉町甲3-12
TEL:027-269-7455(代表)
URL: http://www.cvc.pref.gunma.jp/

 

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